ムズムズ……ムズムズ……。
くすぐったい感覚で、僕は目を覚ました。視界に一番に飛び込んできたのは、真っ白なフワフワの尻尾。
見覚えのある、懐かしいその尻尾……。半年前に十三歳でその生涯を終えた、大切な愛猫のミミ!
「ミミ、どうしたの!?」
「にゃあにゃあ!」
僕は悲鳴に近いような大声を上げた。
だって、心の底から驚いたから。
ミミはゴロゴロと喉を鳴らしながら、ベッドに寝転がったままの僕の?に、顔を擦り付ける。
今日は日曜日。家でのんびりと過ごす予定だから、目覚まし時計は九時にセットしてある。昨日、友達と夕方までサッカーしていた疲れで、体はまだ少し重い。現在の時刻は7時半前。あと一時間半は眠れる計算だ。
僕はミミを抱き締め、愛くるしい顔をじっと見つめる。
その顔に、体に、なにやら違和感を感じる。もともと長く真っ白な毛が特徴のミミだが、今日は妙に色が薄いような……。
よくよく見ると、ミミの体は半透明だった。白い毛並みは確認できるけれど、その向こうに、散らかった僕の部屋の景色が透けている。
(どういうこと!?)
あっけに取られて、僕はミミを見つめる。
「何かあったの、リョウくん!」
大きな音を立てて、部屋のドアが開く。僕の声に驚いたお母さんが、慌てて駆け付けたようだ。
「ごめん、お母さん。起きたらミミがいて」
「リョウくん、朝から何を言っているの? ……猫なんてどこにもいないじゃない。さては、まだ寝ぼけているのね」
お母さんは、あきれ顔で溜め息を吐く。
「寝ぼけてなんていないよ。ほら、ミミはここにいるよ」
「いつまでも馬鹿なことを言っていないで、早く起きて朝ご飯を食べなさい」
そう告げると、お母さんは部屋から出て行ってしまった。どうやら、本当に見えていないらしい。
(どうしてミミが現れたんだろう? あれ、もしかして……。)
そういえば――。
僕には思いあたることがあった。
一昨日、スマホで『あなたの願い診断』なるものをやったのだ。
名前を入力して診断すると、「あなたが今一番に願っていること」が診断結果として表示されるという、占い形式の診断だ。結果に自分のコメントを添えてSNSへ投稿することが、僕の周りではブームになっていた。
僕の診断結果は「大切な人や物に、一瞬だけでも再会したい」だった。
(うーん、つまらない……この診断、外れだな。面白くないから、投稿するのはやめとこう)
がっかりして画面を閉じようとした時だった。
『あなたの願いを叶えます。』
画面上に、カラフルなポップアップ広告が登場する。
(うわっ、なんだこれ! ……邪魔だな)
驚いた僕は、広告の右上の×印を押して消そうとした。けれど誤って、広告そのものを押してしまったのだ。
画面が遷移する。
『ありがとうございます。あなたの願いを叶えさせていただきます。』
今度はそんなメッセージが表示された。
(なんだこれ! 気持ち悪い!)
僕は今度こそ、確実にその画面を閉じ、そしてスマホをジーンズのポケットにしまった。塾で夜遅くなったときのためとせがんで、やっと持たせてもらったスマホだ。変な用途に使っていると、親に勘違いされたくない。
(こういう広告、今度から気をつけよう)
僕はそう心に決めて、それからすぐに忘れてしまった。
*
だから、もしかしたら――。
あの広告は、僕の願い――大切な愛猫ミミに再会することーーを、叶えてくれたのかもしれなかった。
改めて、じゃれてくるミミをよく見つめる。その体は、さっきよりも透明度を増していた。
「大切な人や物に、一瞬だけでも再会したい」
一瞬だけーーそうか、ミミはもうすぐ消えてしまう。これは、ほんのひと時だけ、僕に与えられたチャンスなのだ。
僕は再び、ミミを抱き締めた。
「ミミ、元気いいな」
「にゃあ、にゃあにゃあ……」
ミミは喜んで、僕の喉を甘噛みしながらじゃれている。
その体は、今やほとんど透明だ。
「大好きだよ、ミミ……」
僕はさらに強く、ミミを抱き締める。
*
ジリリリリ……!
目覚ましの鳴る音で、僕は目を覚ました。
「な、なんだ!? ミミ!」
慌てて体を起こし、辺りを見回す。
ミミはどこにもいなかった。
(そうか、きっとあれは夢だったのだな)
そう思うと、なんだか馬鹿らしくて、口からは自然と乾いた笑いが漏れた。
パジャマの乱れを直し、ベッドから降りる。
ムズムズ……。
猫の毛のような感覚を、一瞬、右足首に感じる。
(ミミ!? やっぱり夢じゃないのか?)
驚いて部屋を見渡すが、もちろん誰の姿もない。
*
その日以来、僕はふとした瞬間、足首にミミの尻尾が触れるような感覚を覚える。
それがミミなのか、それともただの気のせいなのか、僕には分からない。でも、あの奇妙な広告との出会いに、僕は密かに感謝している。
(完)
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